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福岡県労働委員会委員コラム 第10回
第10回
「労使関係におけるエチケット」
公益委員 所 浩代
労働法の研究者は、日々、多くの裁判例や労働委員会命令を読んでいます。労働法学は、職場の変化のスピードに合わせてアップデートされていくので、最新事例のフォローアップは大学教員の避けることができない業務の一つです。そうして古今の事案を読むなかで、少し気になるものがありました。それは、使用者による警察への通報です。 日本国憲法は、労働者(勤労者)に、①労働組合をつくる権利(団結権)、②使用者と労働条件などについて話し合う権利(団体交渉権)、③自らの要求の実現を目的としてストライキなどの集団行動(争議行為)をなす権利(団体行動権)を保障しています。 そのため、労働者がこれらの法的保障の下で労働組合を結成し、その組合の代表が、組合の結成の通告と団体交渉の開始を求めるために会社の事務所を訪れることは、その訪問態様が常識に適うものである限り、法によって保護されます。団体交渉を申し込まれた会社側は、正当な理由がない限りこれに応じる義務があり、組合を毛嫌いして団体交渉を拒んだりすると「不当労働行為」という違法行為が成立するのです。 残念ながら、この仕組みを十分に理解されていない使用者が、組合の代表者が「組合加入通知書」と「団体交渉申し入れ書」を持参して職場を訪れたというだけで、警察に通報して退去を求めたという事案が最近散見されるようになりました。個人で加入することができる労働組合(「地域ユニオン」「合同労組」など)による団体交渉申し入れが増えていますので、従業員ではない方が突然「組合員」として事務所を訪問されることもあるでしょう。そのような場合に使用者の方が驚かれて動揺されることは十分に想像できます。しかし、団体交渉に誠実に応じる義務が使用者の義務である以上、そこは労使間のエチケットとして落ち着いて対応することが法的に求められています。 もちろん、法は組合の側にも誠実さを求めています。たとえば、組合は団体行動権の行使として街頭宣伝活動などを行うことができますが、原則として、会社の許諾を得ることなく施設の一部を利用して大音量で職場の秩序を乱すように街宣活動を行うことは特別な理由がない限り認められていません。会社がそのような組合活動に抗議し速やかに中止するように求めたにもかかわらず、組合が長時間にわたってそのような行為を継続することは、組合側のエチケット違反です(そのような場面における会社の警察への通報行為は「不当労働行為」(労組法7条3号)に当たらないと判断された例があります)。 私たちは、学校教育のなかで日本国憲法にふれ、労働者の権利についても教室で学んでいます。しかし、その権利を尊重しながら労使で良い職場を作り上げていくためには、労使ともに労働法の知識をアップデートする努力が欠かせません。労働委員会で紛争解決の支援を行うメンバー(委員)は、定期的に研修を開催して、労働法制の改正状況や注目される裁判例などについての学びを深めています。いずれのメンバーも、誠実に職務を務めようと日々努力しておりますので、みなさん、安心してご相談ください。 |